1970年代~。時代はベトナム戦争まっただ中、街は外国人があふれ何処からどこからともなく洋楽が聞こえてくる。
佐世保の音楽シーンがもっとも熱かった時代、この街でクリスタルキングは誕生した。
米軍キャンプ、ゴーゴークラブ、お客の6割ぐらいは外国人。
白人音楽、黒人音楽、ロックミュージック、スタンダード、カントリーetcここではすべてが求められる。
明日はベトナムの戦場だという米兵も多く"本物”"音楽しか通用しない。
レベルの低い音楽なんてやれば即ブーイング次からステージがなくなる。。。
そんなシビアな環境で音楽と向かい合い、そんな背景が佐世保の音楽レベルを上げた。
1979年 第18回ヤマハポピュラーコンテストで『大都会』がグランプリ受賞。第10回世界歌謡祭ではグランプリ、歌唱賞ダブル受賞する。
ボニーキャニオンより『大都会』でデビュー。150万枚を超す大ヒットとなりクリスタルキングの名を不動にする。
その後、資生堂CMソング「蜃気楼」、コカコーライメージソング「海南風」、YOKOHAMAタイヤCMソング「PASION LADY」、テレビアニメ「北斗の拳」主題歌「愛をとりもどせ」と数々のヒット曲を送る。
86年クリスタルキングを脱退しソロデビュー。UCC CMソング「1000カラットのサマーブロンズ」がその時の代表曲である。
97年ポッカコーヒー「クリスタルブラック」のCMに「大都会」で本人が出演し再び話題に。
CMは6シリーズ化し約2年続き、この年のCM好感度タレント第1位に輝く。
その後、仮面ライダークウガ、ウルトラマンガイア、BATTLE-GEAR、塊魂etcとアニメ特撮ゲーム音楽でメッセージ性の高いシンガーとして活躍。
2003年~ パチンコ、パチスロ「北斗の拳」で「愛をとりもどせ」が再び話題に。
2008年「田中雅之」に改名。
本年度2013年2月より本名「田中昌之」で活動開始する。